LASIK手術で医師の過失を認めた最初の判決の教えるもの ― 大阪地裁平成12年判決全文を読んで ― 医学博士  岩瀬 光 <1>はじめに: 平成12年に大阪地裁で2つの「LASIK(Laser in Situ Keratomileusis)手術に関し て医師の過失を認めた判決」が出された。平成12年6月7日判決(事案Aとする)と、 平成12年9月22日判決(事案Bとする)である。事案Aは1審で確定、事案Bは控訴 中である。LASIKに関する判決はこれらが初めてだと思われ、今後予想されるLAS IK手術自体の数の増加と、それに伴う紛争の増加を考えると、ここでその内容を紹介し て、今後LASIKを行う側と受ける側双方の参考にしたいと思って筆を取った。  両事件の被告側はほぼ共通の医院であり、原告の被害の内容も似ているので、共通で書 けるところは書いた上で、A・B事案特有の点はその都度述べることにする。 <2>事案の概要: 大阪で眼科を経営する医療法人Yを、原告Xが受診しLASIKの説明を受けたが、Yは 本手術の利点の説明はしたが、手術の危険性については説明しなかった。 Xらは平成8 年頃LASIK手術を受けたが、術後裸眼視力も上がらず、矯正視力まで低下した。事案 Aでは、術前の視力が右004(12)、左003(12)。術後の視力が右0 01(002)、左06(07)。事案Bでは、術前の視力が右002(10)、 左003(10)。術後の視力が右005(06)、左008(08)であっ た。事案Bではさらに近方視力の低下も生じている。 術後しばらく経ってから、T大学眼科で検査を受けたところ、角膜表面形状は不整で非 対称性が認められ高度の不正乱視となっていることが判明した。そして、昼間、夜間とも コントラスト感度の低下、グレア等が存在した。  そこで、Xらは、Y眼科に損害賠償を求め訴訟を提起した。 <3>判決の内容: (1)説明義務違反の過失を認める:「手術等の医療行為を行う医師は、当該医療行為の目的、 内容及び合併症等の危険性について患者に説明を行い、充分患者に理解させた上で患者の 承諾を得る義務があるというべきである。そして、Y眼科側は、本件においては、術前に 患者に対して、LASIK手術が日本眼科学会を始め,FDA(アメリカ食品医療品局) においても承認された医療技術でなく研究段階にあること,LASIK手術後の長期的予 後が不明であること、LASIK手術の過誤に伴って遠視(過矯正)になること、フラッ プが正確に剥離されなかったり、剥離されたフラップが何らかの事情で剥落したり、損傷 したり、さらにしわが寄った状態で定着した時は、深刻な角膜乱視を生じる危険性がある ことなど、LASIK手術に伴って生ずる可能性のある合併症を具体的に説明し、患者に 十分理解させた上で承諾を得る注意義務があったというべきである。ところが、Y眼科側 は、本件においてXに対して,LASIK手術を受けるかどうかを判断する上で必要な上 記留意点を全く説明しなかったことが認められる。従って,Y眼科側には、説明義務違反 による過失が認められる。」とした。 (2)LASIK手術そのものに関する過失も認める:  事案Aでは、フラップ作成の段階で切開面が不整な不完全フラップを作ったこと(フラ ップの切開線が不整との鑑定がある)、またフラップを戻すときにフラップが鼻側にズレ、 そのためフラップに皺襞が生じ、その結果原告Xは高度の不正乱視になったことを認めた。  事案Bでは、フラップ作成の段階で非常に薄く不安定な形状に作成したこと、フラップを 元に戻したとき点眼等による保護を行わなかったため空気等異物が入りフラップの接合不 良が生じたこと、さらに角膜混濁を除去するため再手術を行ったことにより角膜表面の形 状の不整が大きくなり角膜混濁が再度生じ、角膜中心部はかなり薄くなったことを認定し、 その結果高度の不正乱視になったことを認めた。 (3)判決は、視力障害による慰謝料を認め原告Xが勝訴した(事案Bではさらに仕事が困難 になったことに対する損害賠償も認めた)。 <4>判決から学ぶこと: (1)インフォームドコンセントの重要性:RK手術判決(大阪地裁平成10年9月28日判 決)でも述べられているが、屈折矯正手術は、もともと正常の、矯正視力は良い目に行う 手術であるから、術前に十分時間をとって十分な説明と理解を得るのが特に重要である。  もう少し、具体的に述べれば、手術前に、LASIK手術が眼鏡・コンタクトレンズのよう に確実に予定通りの近視改善効果が達成されるものではないこと、また合併症で視力障害 の発生する危険のありうることを十分かつ具体的に説明し、その上で、患者がこれらの判 断材料を十分に吟味し、近視矯正のための自己の必要・希望を勘案してLASIK手術を受け るかどうかの判断をさせるようにすべき注意義務が医師側にある。 説明すべき点を、個別に述べると、1LASIK手術のやり方、適応。2手術後、老視 年齢になった場合老眼鏡が必要なこと。3手術中、一時的に眼圧が上がるため緑内障の 悪化があり得ること。4角膜フラップが切れてしまうことがあり得ること。5矯正度 数が予定より少なかったり、多くなることがあること。6不正乱視が出ることもあるこ と。7角膜フラップにつき感染の危険があること。8手術後、わずかに近視側に戻る ことがあること。9矯正視力が1段階または2段階低下する場合があること。10グ レアを感じることがあること、等である。  いずれにしても、十分な説明の後、患者さん自体の主体的判断で手術を受ける決定をさ せることと、手術の結果に対して過剰な期待を持たせないようにすることが大事であり、 それがトラブルを避けるポイントとなると思う。 (2)LASIK手術施行にあたっての問題点:フラップ作成にあたっては「切開面の不整な 不完全フラップや、薄い小さいフラップ」を避けるようにする必要がある。その為には、 術中の角膜表面の乾燥や不十分な吸引圧を防止したりする必要がある。しかし、明らかな 原因が無くとも起こることもあるのは事実で、フラップ径が小さい場合や薄いフラップや、 不均一なフラップ切開面では、フラップを元の位置に戻し手術を3ヶ月以降に延期するの が妥当である。  また、フラップのズレや皺襞であるが、術中のフラップの乾燥を防ぎ、2カ所以上のマ ーキングで予防できるとされる。薄くてフラップが伸びにくい場合は、縫合またはコンタ クトレンズをのせることも考えられる。さらに、なかなか皺襞がとれない場合、フラップ を再剥離し、フラップ下にもう1回カニューレを入れてフラップを持ち上げ、洗浄してか ら戻すのがよいとされている。これにより、層間異物、デブリスも除去できる。 <5>まとめ: LASIKに関する最初の判決は、インフォームドコンセントの重要性や、手術手技の細 かな注意点を指摘してくれた。今後、LASIK手術が更に数を増やし、多くの医療施設 で行われるのは時代の流れと思うが、LASIKを行う先生方が、十分なインフォームド コンセントを行うことと、フラップ作成並びに定着において細心の注意と技術の向上に努 めることをお願いしたい。  最後に、判決文全文を提供していただいた、あさひ法律事務所(大阪)の小田耕平弁護 士に感謝して稿を終える。 参考文献 ビッセン宮島弘子、LASIK、メディカルトリビューン、2000年、107〜131p