白内障手術を行う眼科医にとって「術中後嚢破嚢」は悩みの種である。かなり熟練した術者でも「破嚢ゼロ」は難しい。まして手術を始めたばかりの初心者では、破嚢は夢にまで見る恐ろしいものである。しかし、「術中破嚢」はただ手術時間を延ばしたり、眼内レンズが嚢外固定になってしまう程度の問題では済まない、大きな「法律的問題」をもたらす。問題は主に2つである。1つが破嚢により「術後眼内炎」が起こりやすくなること、もう1つは「術後の網膜剥離」が増加することである。最近の論文によると、白内障術中破嚢があった症例では、術後眼内炎のオッズ比は14倍、網膜剥離のオッズ比は18倍とのことである。
原因としては、「眼内炎」では手術時間が延び、本来不要な手術器具の眼内への侵入操作が増えるとともに、硝子体と外部とが直接接触するため硝子体への細菌感染の危険性が格段に増加することである。「網膜剥離」も硝子体の前方移動により後部硝子体剥離などが進行し、周辺部網膜変性や裂孔が悪化することが原因として考えられる。
「白内障術中破嚢」があった症例で「術後眼内炎」が生じ失明した症例が裁判となり、医師側の過失が認められた判決が最近出た(東京地裁平成13年1月29日判決ー詳細は「臨床眼科」2001年10月号の筆者論文参照)。双方控訴せず確定している。また、「白内障術中破嚢」があった症例で「術後の網膜剥離」が生じほぼ失明した症例が裁判となっている。
「破嚢」をしないことが一番良いのであるが、破嚢は各眼科医の技術レベルにより異なるが、どうしても一定の割合で生じる。法的責任を回避するには、「眼内炎」の場合術後の観察が重要である。急性術後眼内炎は、術後1ー2日での発症が多い(1週間以内の発症が殆どである)ので、術直後から1週間ぐらいは毎日でも診察をするのが理想である。特に問題は、木曜・金曜日に手術をして眼内炎が土曜の午後から日曜日にかけて発症した場合である。眼内炎の最初の症状として重要な「眼痛」の訴えがあった時、速やかに眼科医が駆けつけ診察し硝子体手術をいつでもできる体制の構築と、看護職員に対する教育と医師との協力体制が重要である。「網膜剥離」では、患者さんに「術後網膜剥離」の危険性の増大をよく説明し、定期的な眼底観察に長期に通ってもらうことと、見え方がおかしければいつでも駆けつけてもらう患者教育が重要である。
岩瀬光(いわせ・こう)の経歴
昭和52年東京大学法学部卒。昭和59年東北大学医学部卒。現在「医療問題弁護団(東京)」と「医療事故情報センター(名古屋)」に参加して、全国の眼科関係の医療事故の大半につき弁護士に医学的かつ法律的なアドバイスをしている。 |