患者さんを離さない医療事項、ミスの対処法
I 総論ーピンチをチャンスに変えるミス対応と事故対応
II インフォームドコンセントは誰のため?
V 患者さんが納得するミス対応
IX患者さんを裏切らない医療訴訟対応
X患者さんもみているメディア対応
 
I 総論ーピンチをチャンスに変えるミス対応と事故対応

@毎日のように、マスコミに医療事故の報道がなされ、新聞に医療事故の文字を見ない日はないほどです。
報道されないようなミス、事故も多数存在していることが考えられます。ここ10年の医療事故の民事の新規訴訟件数(但し全科)を見ていただくと分かるとおり、訴訟件数はこの10年で2倍近くになり、医療側勝訴率も70%近かったものが、平成12年には53%まで落ち込んでいます。
皆さんの眼科の医院、病院でも小さなミスから、大きな事故まで実際に起きているか、今までなくとも起きる可能性があると思います。今後訴訟というものも身近に考える必要があるとともに、小さなミスから大きな事故まで、訴訟に至らなくても、患者さんに適切に対応して、自院の評判を下げない対策がなされる必要があります。
ミスや事故は「医院のピンチ」ですが、事前の説明、事後の説明によって「過失のある過誤事件」ではなく、「単なる事故」との理解が得られます。この理解が得られれば、紛争や訴訟になることは回避でき、自院の評判を落とさないですむことになります。また、これを教訓として「再発防止策」を講ずることができれば、医院の評判を高める「チャンス」となっていきます。
では、具体的にどうしたらいいのでしょうか。詳しくは後半で述べますが、まずは処置、検査、手術前の充分なインフォームドコンセント(説明と同意)が必要です。
インフォームドコンセントを自己保身の手段ととらえるのではなく、処置・検査・手術等の危険性、合併症を詳しく知らせ、その上で自院ではその危険性、合併症をできるだけ少なくしていく努力をしていることが分かれば、患者さんとの間にその病気とともに闘ってゆく協力関係ができると思います。
この協力関係ができれば、事故も未然に防ぐこともできますし、不幸にして事故が起こっても、「過失ある過誤事件」ではなく「単なる事故」との理解が得られると思います。

Aそれでも、もし事故が起こった場合、まずは「事故ー例えば視力の低下」に対して現在できる「医学的な最良の措置」を行います。

Bその上で、「過誤が明白なときは謝罪をします」。謝罪(I'm soory.)を言うことについて今まで様々な議論があったと思います。しかし、後述する患者さんのアンケートでも、訴訟に至る大きな原因の一つに「謝罪をさせたい」があります。訴訟を避ける意味でも「謝罪」は意味があることです。
訴訟大国アメリカでも「I'm soory.謝罪運動」が起きています。人は過ちを犯すもの(To err is Human.)の考え方を前提とすると、事故を起こしたら即座に患者さんや家族に謝ることが大事です。
「謝ることが法的責任を認めることになる」との誤った考えが、多くの患者やその家族、そして多くの医療従事者を傷つけています。米国では謝罪することが、法廷に於いて有罪証拠として採用されないための取り組みもなされています。

Cこの上で、「十分な説明」が必要になります。事前のインフォームドコンセントが重要なのは言うまでもありませんが、一旦事故が起こった以上、なぜ事故に至ったのか、今後の治療法はあるのか、予後はどうなるのか等の丁寧な説明が必要となります。カルテのサマリーの交付や、求めがあればカルテの開示も必要となります。
先にあげた患者さんのアンケートでも「説明が不十分だ」「説明して欲しい」との要求が訴訟の大きなきっかけとなっております。訴訟を防ぐためにも事故の経緯や、原因等を詳しく、患者側の身になって、優しく、丁寧に説明する必要があります。
これが訴訟を避けるキーポイントになります。

Dそして、「再発防止策」を講じること約束することも大事です。患者さんのアンケートでも「同じ過ちを繰り返して欲しくない」との理由で訴訟を起こす事もあります。
事故後すぐには対応できないとしても、当座にまず「再発防止策を講ずる約束」はする、あとは事故後時間を掛けてでも実際の「再発防止策」を講ずることが、今後の事故を防ぎ、訴訟を回避して、「ピンチをチャンスに変える」切り札と思われます。

Eなお、事故に対応するとき、当事者の医師や看護師はパニックになっていますから、周りの医師、看護師、事務職員でチームを作り、当事者を支え、事故対応を進めていく必要があります。
また、事故の経験を生かした「事故マニュアル」を整備しておくと良いでしょう。

II インフォームドコンセントは誰のため?

インフォームドコンセントは「説明と同意」と訳されることが多いですが、「患者が必要かつ十分な説明を受け理解した上での自主的な選択・同意・拒否」と訳すと正確だと思 います。眼科関係の判決では、「医師が患者に対し、手術等の医的侵襲を加えるときは、その重大な結果を甘受しなければならない患者自身に手術を受けるか否かについて最後の選択をさせるべきである。 そのため医師はその手術の目的、内容、危険性の程度、手術を受けない場合の予後等について、十分な説明を行い、その上で手術の承諾を得る義務がある。」と述べています。

そして、インフォームドコンセントを単なる医療側の自己保身の一手段(免罪符)と考えるのは妥当ではないと思います。インフォームドコンセントを通じて病気の理解が深まり、信頼感のある医師・患者関係ができ共に病気の克服にあたってゆける協力関係ができれば理想的で、それこそが、医療事故を防ぎ、また事故が起こっても医療紛争を防止するポイントになると思います。

また、家族やスタッフでインフォームドコンセントが先行しがちなので、あくまで患者さんを中心とし、明瞭に、優しく、分かりやすく頭に染みこむように行うのが重要だと思います。 患者さんが安心するインフォームドコンセント3場面 (1)白内障手術前のインフォームドコンセント 高齢の患者さんも多く、耳が遠かったり、理解力が悪い場合も多いです。そのことを考慮してインフォームドコンセントを進める必要があります。

まず、大きな図などを多用しながら、白内障とは何か、なぜ見えなくなるのか、手術ほどのように行うのか、時間はどのくらいかかるのか、眼内レンズの働き、眼内レンズの入り方、等の基本的な手術の説明を行います。
その後、術前点眼の重要性、術後点眼・内服の注意点、術後の生活の注意点(何時から顔を洗って良いかなど)、術後来院の間隔等を説明します。

そして最後に、肝心の手術の危険性等の説明をします。手術の合併症の種類、手術を受けない場合の予後などを説明します。 合併症については、まず、確率は高いが、危険性は低いもの(結膜下出血等)の説明をします。次いで、確率は低いが、失明などの危険性の高いもの(術後眼内炎、駆逐性出血等)の説明をします。

白内障術後眼内炎の発症頻度の最近の報告では0.03-0.2%であり、現在でもなお500眼ないし3000眼に1眼の発症があるものと考えられます。もし白内障術後眼内炎が起きたならば、抗生剤点滴・硝子体中注入、硝子体手術などを行ないますが、半数以上が失明するとの事実は述べる必要があります。
しかしこれで終わりにしないで、自施設では発症確率はどのくらいであるか、眼内炎予防のために術前・術中・術後にどれだけの対策を講じているかを述べて、安心させるのがよいと思われます。 駆逐性出血も、小切開手術が主流となり、最近減っていますが、発生率は0.2%との報告があります。危険因子としては、年齢80歳以上、高度近視、高眼圧、術中尿意、術中疼痛、硝子体脱出、眼圧の急激な下降等があります。
危険因子を有する人には、予め危険性の説明をしておく必要があります。その上で、自院ではできる限り、予防策を講じていること、術中の患者さんの協力も重要であること等を述べればいいでしょう。

@このインフォームドコンセントのポイント
1.高齢患者さんが多いため、患者さんの立場に立って、分かりやすく説明します。
2.白内障手術は安全で簡単と考えている患者さんが多いですが、合併症が起こりうることを理解させる必要があります。
3.術前・術中・術後の患者さんの協力も必要であることも理解させる必要があります。

Aこれだけはやってはいけないポイント
1.手術を怖がらせてしまい、手術を拒否させてしまうことは、避けなければなりません。合併症の説明の最後にも「大丈夫ですよ」と付け加えてもよいでしょう。
2.視力の回復等に過剰な期待を与えるのもいけません。「手術をしたのに、よく見えない」等とのクレームの原因になります。
3.簡単な手術と思わせないことも大事です。


眼球打撲や網膜剥離のインフォームドコンセント
@ボールが当たったとか机の角にぶつけたなどの眼外傷の患者さんに出会った場合、網膜剥離や、外傷性視神経障害等を考える必要があります。
特に、小さな幼児の場合、視力もはかれないし、本人も片目だけ見えない場合は、「かすむ」とか「見えない」とか訴えることもなく、特におかしな様子もないことが多いです。細隙燈顕微鏡検査もできないことも多いです。 外見から分かるほどの外傷があれば、それでも散瞳して眼底検査を行いますが、外見からは、何ともないように見える場合、かすり傷に軟膏を塗って返してしまうこともあり得ます。
本人が小さい場合は、親に対するインフォームドコンセントになりますが、目を打った場合目の奥に何が生じているか分からないから、できるだけ検査をした上で、最後に眼底検査をしましょうと言います。そのような文書を用意して読んでもらうのも良いでしょう。 4歳以上なら視力検査ができますから、できるだけ視力検査をします。
視力検査ができない場合、通常の対光反応検査とその後swinging flash light testでのRAPD(相対的入力瞳孔反射異常)を検出して、最後に散瞳して眼底検査をします。本人にも親にも、重大な疾患が隠れている可能性があるから、時間を掛けても検査しておきましょうとインフォームドコンセントをしておきます。

A急な飛蚊症で来院する患者さんがいます。「たいしたこと無いですよ」とか「年のせいですよ」とか「直す方法はありません」と返してしまう事例がまま見受けられ、網膜剥離の見落としにつながっています。 まず患者さんに、網膜剥離の可能性が強く、眼底検査は必要ですよとインフォームドコンセントを行います。
網膜剥離であったのに、眼底検査を受けずに、「大丈夫」と言われた患者さんは、更に見えにくくなるまでは来院しませんから、初診医の検査の有無とインフォームドコンセントは重要になってきます。
こうした場合、初診医が網膜剥離を見落とし視力の悪化の原因となったとの訴えが増えています。飛蚊症一般も眼底検査を行った方がよいと思いますが、特に「急に増強した飛蚊症」の場合には、網膜剥離の可能性のインフォームドコンセントをした上で、散瞳の眼底検査を行う必要があると思います。

Bこのインフォームドコンセントのポイント
1.「外傷」「増強した飛蚊症」を見たら、とにかく網膜剥離を疑って、散瞳して眼底検査をする。
2.子供で視力検査をできない場合は、特に注意。
3.親に(できるときは本人にも)しっかりインフォームドコンセントをして、理解を得ること。

Cこれだけはやってはいけないポイント
1.軽い外傷として、軟膏だけ塗って返し再診もしないこと。
2.飛蚊症の患者を説明も不十分のまま、散瞳しないで「大丈夫」と返すこと。 
3.サッカーボール外傷などは、当日散瞳して眼底検査をして異常がなくとも、後日網膜剥離することもあるので、「おかしかったらすぐ来てください」と言わないことのないように。


緑内障のインフォームドコンセント
@閉塞隅角緑内障による急性緑内障発作の場合
東京都の離島で他科の医師が、はきけ、頭痛、眼痛、充血の患者を「急性胃腸炎」として放置して失明させた事件があります。眼科専門医では珍しいとは思いますが、認知症の老人や知恵遅れの患者で、よく診ずに見落とす例があります。「はきけ、頭痛、充血」等ある場合は、家族や本人に急性緑内障発作で失明の可能性のあることをよくインフォームドコンセントをして、必要な検査をできる限りする必要があります。
また、急性緑内障発作でLI(レーザー虹彩切開術)をすることが多いですが、過剰なレーザー照射や、ピントが合わないまま多数のレーザー照射を続けると、何年もたってから、水疱性角膜症で失明することがあります。 患者や家族にLIが必要で、それなしには失明する可能性が強いとのインフォームドコンセントは必要であるのは言うまでもありません。しかし、数年後に水疱性角膜症で失明する可能性もインフォームドコンセントとして言っておく必要があります。その場合、マニトール等で眼圧を下げ角膜の透明性をあげ、ピントを合わせ、凝固が過剰にならないように注意する必要があり、そうした注意をすれば水疱性角膜症は避けられると付言することも大事です。

A開放隅角緑内障の見落とし
最近多治見スタディが行われ、正常眼圧緑内障を含めた緑内障の有病率が非常に高い結果が出ました。我々眼科医も、この多くの緑内障患者を見落とさない努力が必要です。特に問題は、広義の開放隅角緑内障であり、特に正常眼圧緑内障の見落としが問題となります。
「多治見スタディ」によると、40歳以上の緑内障有病率が5.78%(17人に1人)、そのうち開放隅角緑内障(POAG)が3.92%、このうち9割以上が正常眼圧緑内障(NTG)とされています。POAG特にNTGを見落とさないためには、子供を除く全ての患者にインフォームドコンセントを行って、初診の患者さんは全て眼圧を計りますと説明することから始めます。NTGが多い以上、眼圧だけでは不十分で、HRTUなどの視神経診断装置の活用、更に視野検査が必要で、この点のインフォームドコンセントが重要になります。

Bこのインフォームドコンセントのポイント
1.緑内障を見落とさない診断技術と、緑内障の分かりやすい説明が必要。
2.認知症、年齢等にあわせた説明と適切な検査が重要。
3.LIなどの後遺症の説明も忘れない。

Cこれだけはやってはならないポイント
1.眼圧も計らず、何でもないと患者を帰すこと。
2.40歳以上では、視神経の検査をしないことも、過失になりかねない。
3.日進月歩の緑内障研修会に出ないと、遅れてしまう。

V 患者さんが納得するミス対応

ヒトは一定の確率で間違いを犯す存在です。まず、それが前提です。自分も例外ではありません。医療でも、必ずミスが起こります。大きな事故はある日突然生じるのではなく、多くの見逃された小さなミスがあり、そのようなミスが何百回も重なって、ついには目に見える医療事故が生じるのです。特に、眼科の場合、他科と比べて圧倒的に患者数が多く、外来患者数、1日の手術数も多いです。その中で、患者間違い、左右取り違え、薬剤間違いなどが起こってきます。
ここで重要なのが「フェイル・セイフ・システム」の考え方です。その原理は、病院の中で誰かが間違いを犯しても、別の誰かが間違いを発見して訂正し、結果として患者さんに重大なミスが及ぶ前にミスをくい止める事ができるというものです。具体的には、以下に述べます。ミスが起こってしまった場合は、その時できる最善の処置を取った上で、責任者に報告し、患者さんに正直に迅速に真実を伝えるのが重要です。決して隠してはなりません。そして、すぐに報告できる職場の雰囲気が大事であり、また原因追及と根本的な再発予防策を作るのが大事です。

患者さんが納得するミス対応3場面

(1)患者さん間違いの問題点と対策
眼科は、他科と比べて圧倒的に患者数が多いことが特徴です。1日の外来患者数も多く、1日の手術件数も多いです。その中で、同姓同名の患者さんが間違って来たり、名前の呼び間違い、患者さんが呼ばれた名前を聞き間違えたりして、「患者さん間違い」が発生します。「同姓同名」対策としては、同姓同名や同姓同名同生年月日、似た名前などの場合、カルテ上端に「同姓同名あり」などのスタンプを押し、さらに同姓同名の札を作るのも良いでしょう。個人情報保護法の問題はありますが、外来待合室で大きな声で名前を呼ぶのはやむを得ないでしょう。
その場合「姓名の最後までフルネームで呼ぶ」、「呼ばれてきた患者さんに再度確認する」「生年月日、住所を確認する」などが大事です。地方によっては、ある地域の患者さんは全部同姓などと言うこともあり、注意が必要です。難聴の患者さんの場合も問題です。まずカルテ上端に「難聴あり」と大きく書いておきます。そして日頃からの情報伝達訓練(朝礼などを利用すると良い)で、発音が悪いとか、声が小さいとかの修正をしておいた上で、大きな、はっきりした声で患者さんの名前を呼びます。名前を呼ぶだけではなく、説明に関しても、早口ではなく、高い声より少しトーンを落としてゆっくり話すことが重要です。
こうした注意を重ねれば、「患者さん間違い」、さらにそれから広がる「左右眼間違い」「投薬・点眼ミス」などを防ぐことができると思います。

@このミス対応のポイント
1.同姓同名に注意
2.再度呼ばれてきた本人に住所、生年月日等を確認
3.難聴患者さんの聞き間違いに注意

Aこれだけはやってはいけないポイント
1.姓だけを呼ぶこと
2.患者さんに確認しないこと
3.はっきりしない、小さな声で呼ぶこと

(2)左右眼間違いの問題点と対策
「患者さん間違い」の次の問題が「左右眼間違い」です。外来の検査でも問題ですし、特に手術室では重大な問題となります。文字の問題としては、小文字の rは間違いやすいので、大文字のRとLを使うという方法があります。また、左と右という漢字も間違いやすいので、ひらがなで「みぎ」「ひだり」と書いている施設もあります。
外来で点眼するときなど、「○○さんですね、これから右眼(左眼)に点眼します」というように声を掛けながら行えば、自分自身の確認にもなるし、患者さんにも確認がとれ、ダブルチェックとなります。では、手術の時の、手術患者間違い、左右眼間違い、散瞳の間違いを防止するにはどのようにしたらよいでしょう。

ここで愛媛県別所眼科の方法1)を紹介しましょう。

ア)前投薬の注射のパットに術眼と氏名を書いたテープを付ける。散瞳してはいけない手術の場合は「散瞳禁」の記載もする。
イ)注射を行ったとき、このテープを患者さんと確認しながら、術眼側の額に貼る。
ウ)手術室前室で患者さんに「確認のため、お名前と手術する方の目を教えてください」と問いかけ、テープの記載と貼られているテープの位置、言ってもらった術眼と氏名を確認する。
エ)確認後、手術キャップの術眼側にテープを貼る。以上の過程を実施することで、患者さん間違い、左右眼間違い、散瞳の間違いを、患者さん本人、病棟ナース、手術室ナースの三人が確認できます。良い方法だと思います。

文献1)眼科ケア 2006VOL.8 NO.1 41P 
@このミス対応のポイント
1.「みぎ」、「ひだり」を分かりやすい文字で明示する。
2.自分の確認と、患者さんへの確認でダブル、トリプルチェック
3.テープ等で術眼の確認

Aこれだけはやってはいけないポイント
1.rとlなどわかりにくい文字で書くこと。
2.自分の判断のみで、患者さんに確認しないこと。
3.記憶だけでテープ等の印を付けないこと。

(3)散瞳検査の問題点と対策  
まず、検査一般の注意点としては、「説明なしに検査や点眼をしない」事が重要です。何の検査で、どのくらい時間がかかるのか、痛みはあるのか無いのか等を説明します。
「散瞳検査」の場合だと、散瞳は眼底検査のために瞳孔を開く点眼で、数時間はぼやけて見えにくいこと、さらに運転も数時間は避けた方がよいことなどを了承してもらう事が重要です。実際、「散瞳後霧視状態で長いすにぶつかって転倒、頭と腰を打った」報告や「散瞳効果で運転ができない、大事な会議で書類が読めない」などのクレーム、「散瞳後帰るの駅の階段で転倒して骨折」などの報告があります。院内での誘導も大事ですが、院外でも危ないとの詳細な注意をしておくことが大事だと思います。

次に、散瞳禁忌2)の問題があります。
@散瞳するとできなくなる検査を行う場合(初診の患者さんの診察前、隅角検査の前、近点計検査の前、近見視力検査の前、輻輳検査の前、遠見視力検査の前、視野検査の前など)ーこのような検査を行う場合は、検査を順序立てて行い、散瞳検査を最後にする必要があります。
A急性緑内障発作を惹起する恐れがある場合ー浅前房の場合ですが、医師に散瞳して良いか確認する必要があります。
B薬剤アレルギーがある場合ー主にミドリンP(参天製薬ー塩酸フェニレフリンとトロピカミドの合剤)で問題になり、充血や眼瞼の炎症が生じます。臨床上は塩酸フェニレフリンに対するアレルギー反応がほとんどで、トロピカミド単剤のミドリンM(参天製薬)を用いればアレルギー症状は出なくなります。カルテに「ミドリンP禁忌患者」と明瞭に書くと共に、以後ミドリンMを使用するようにします。
C重症心疾患がある場合。散瞳する際には内科主治医の許可を受ける必要があります。 さて、誤って散瞳した場合はどうするでしょうか。主治医に速やかに報告し、患者さんに誠実に謝ります。浅前房の場合はピロカルピンの点眼を主治医の指示で行います。ミドリンPアレルギーの患者さんには、ステロイド点眼を用いる場合があります。いずれにしても、誠実な迅速な処置と謝罪が大事で、再発防止策も講ずる必要があります。

文献2)眼科ケア 2006 vol.8 no.7 14p-17p
@このミス対応のポイント
1.散瞳後のかすみや危険性の説明をはっきり行う。
2.散瞳する前の検査を確認。検査を順序だてて。
3.ミドリンP禁忌の確認をする。

Aこれだけはやってはいけないポイント
1.散瞳の危険を述べず、左右も確認しないでいきなり散瞳すること。
2.浅前房の確認を主治医にすることを怠ること。
3.いきなりアレルギーのある患者にミドリンPを付けること。

IX 患者さんを裏切らない医療訴訟対応

1)はじめに  今まで、インフォームドコンセントの重要性、ミスの防止、医療事故の防止について述べてきましたが、医療事故後ますます患者さんとの関係が悪化して「医療訴訟」が起きそうな事態になってくることもあると思います。そのとき、医療側は、どのように対処したらいいか考えてみたいと思います。医療訴訟は、患者さん側にとっても、医療側にとっても、精神的にも、時間的にも、経済的にも大きな負担です。できれば、この双方に負担の大きな「医療訴訟」を回避する道はないでしょうか。

(2)患者さん側のアンケート ここで、医療訴訟に関わった事のある、患者さんの団体「医療事故市民オンブズマン・メディオ」の行ったアンケート『医療事故と診療上の諸問題に関する調査』を紹介したいと思います。
まず、「事故後の医療機関の対応@ー説明内容」(図1)を見てください。
「病院側から十分な謝罪があった」かに関して「いいえ」97.1%、「説明は一貫していた」かに関して「いいえ」83.2%、「説明はくわしかった」かに関して「いいえ」86.2%、「説明はわかりやすかった」かに関して「いいえ」82.1%でした。
ついで、「事故後の医療機関の対応A」(図2)を見てください
「こちらの気持ちを配慮してもらえた」かに関して「いいえ」93.2%、「事故自体よりもその後の対応が許せなかった」かに関して「はい」71.3%、「病院側の対応全体に満足している」かに関して「いいえ」98.6%でした。
最後に「法的行動をとった理由」 (図3)を見てください。
「経済的補償が欲しかった」が19.4%と少なく、「事故後の病院側の態度が許せなかった」が75.9%、「怒りを感じた」が88.2%、「過誤を認めさせたかった」が88.3%、「納得のできる説明が欲しかった」が90.3%などが多くなっています。

このアンケートから分かることは、本来医療訴訟は「金銭賠償」を求めるものですから「経済訴訟」と言うことになりますが、患者さんたちは、謝罪させたい、過誤を認めさせたいとして訴えていて、医療訴訟が「人格訴訟」に変貌しています。
この、「医療訴訟の人格訴訟化」に対して、医療者側はどう対処したらいいでしょうか。

(3)医療側の医療事故・医療訴訟に対する対応の仕方。
人格訴訟になっている以上、医療側は患者さんとその家族との平素からの信頼関係の維持・構築が重要です。これは、十分なインフォームドコンセントなどから構築してゆきます。 一端事故が起こったら、医療機関側は、分かりやすい言葉で十分に一貫した対応で、誠意を持って説明する必要があります。「嘘」や「事故隠し」は必ずばれますから、かえって患者さん側の心証を悪くします。避けるべきと思います。
また、過誤が明白なら「謝罪」をするなど、医療被害を受けた方や家族の気持ちに一層配慮する真摯な対応が求められます。 こうした誠意のある、嘘をつかない対応を心がけることで、双方に負担の大きな「医療訴訟」を回避することができるケースも少なからずあると思います。訴訟を避け、示談や和解で解決すれば時間の節約、精神的重圧の軽減になると思います。

医療訴訟対応のポイント
1.事故に関して誠意を持って、分かりやすい言葉で一貫した説明をする。
2.過誤が明白なら「謝罪」をする。
3.カルテ、看護記録も詳細に分かりやすく書く。

これだけはやってはいけないポイント
1.謝らない、説明しない、はだめ。自分は悪くないと声だかに言うのは逆効果です。
2.決してカルテ改竄、訂正をしない。必ずばれるし、相手や、裁判官の心証を害します。 3.事故隠しや逃げ隠れしない。正直に誠実に話すこと。

(4)新しい紛争解決方式「ADR」
最後に、今注目されている新しい紛争解決方式ADRに付いて説明しましょう。ADRとは「Alternative Dispute Resolution」の略で「裁判外紛争解決手続き」と訳します。民事上の紛争を、訴訟手続きによらず当事者同士の話し合いで解決する仕組みで、中立的かつ専門知識を持った第三者が双方から話を聞き調停をします。最初は製造物責任法施行を契機にADR機関が多数設立されました。司法制度改革でもADRの拡充、活性化を盛り込んでいます。ADRのメリットは「早い」、「安い」、「非公開」、「納得のいく解決」と言われています。医療「ADR」は、まだ各地で始まったばかりです。
幾つかの先進的病院で行われ始めています。制度的にしっかり始まったと言えるのは、茨城県医師会が2006年4月から発足させた「医療問題中立処理委員会」が最初です。この委員会の構成は、弁護士3名、学識経験者2名、市民代表2名、医師会3名で、従来「紛争処理委員会」などの医師中心の構成からはっきり区別しています。
先ほどの患者さんのアンケートで分かる通り、裁判解決には限界があり、患者さん側が勝訴して「金銭」を得ることができても、「謝罪」を受けたり、「十分な説明」を受けたり、「再発防止」対策を徹底したりできないことが多いわけです。医療ADRは、被害者の感情的葛藤の手当や、真実の解明、原因解明、再発防止策などを重視した紛争解決をすることで裁判ではできなかった医療紛争解決ができる展望があります。
今後の、医療ADRの動きに注目したいと思っています。

図1
図2
図3
X患者さんもみているメディア対応

医療事故が起こったとき、軽微なニアミスはよいとして、失明や死亡事故となると、マスコミ、報道メディアが来て、報道されると言うことがあり得ます。
重大な医療事故については、再発を防ぐ意味も含めて、進んで事実を正確にかつ迅速に公表する姿勢があっても良いと思います。公表のメリットとしては「事故隠し」を排して医療の透明性の向上を図ることが挙げられます。
医療事故について公表する場合、患者さんのプライバシーに最大限の配慮を払うべきです。このため、事故の公表に先立ち、患者さんや家族ときちんと話し合い、ここまでは公表して良いと言う範囲を明確に決めておくことが重要です。
公表すべき範囲は、
ア)患者の生死や失明に関わる極めて重大なもの。
イ)過誤が明白なもの(手術ガーゼの置き忘れ等)。
ウ)過誤が必ずしも明白でないものでも、後に過誤が明白になった場合はその時点で公表の対象とします。
エ)未だ医療機関、あるいは患者・国民の間で知られていないと思われるような事故の事例で、周知がはかられることで重大な事故の発生を回避しうる事が期待される場合、などです。他方、公表のデメリットもあります。公表が社会的制裁となり、医療従事者を傷つけ、病院・医院の評判を落とす事などです。萎縮診療にもつながります。
それだけのデメリットがあっても、隠さないことの方が、結局医院の評判を早期に持ち直すことになると思います。
ただ、大事なのは誤解のある報道をされないことです。そのため、口頭でしゃべるほかに、文書を用意して 専門用語を避け分かりやすい解説をし、正確な情報を流す必要があります。
嘘はつかないことが大事ですし、カルテ改竄も決してしてはなりません。悪くない、責任はないと主張して、責任逃れをはかったり、嘘を言って言い逃れたりすることは、結局ばれるので、かえって評判を落とすことになります。誠意を持って真実を話し、謝罪を明確にすることの方が、長い目で見れば医院の評判の回復につながります(一時評判が落ちても)。そして、再発防止を誓い、再発防止策を公表するのも大事です。

@メディア対応のポイント
1.過誤が明白なら、事故事実を公表する。
2.患者さんのプライバシーには配慮する。
3.誤解無い報道のため、専門用語を避け、分かりやすい文書を用意する。

Aこれだけはやってはいけないポイント

1.逃げ隠れしたり、自分は悪くないと強硬に主張すること。
2.嘘を言うこと。
3.カルテを改竄すること。